知り合いと話をしたときに、ふと気になったことがあった。それは、私が「思い出や記憶の振り返り」をしないことがあるということだ。アルバムや写真アプリで昔の思い出を振り替えようとしないし、なんなら写真が残っていることがノイズになる。
日記も書いた当日はいいけど、改めて見返すとゴミとして捨てたくなる。過去の出来事を見ても「ほーん」と思うか、嫌なことを思い出して落ち込むくらい。
前者は何も思いがわかないせいで、なんの思い入れのないゴミとなる。後者も嫌な思い出だからこそ、闇に葬りたくなる。だから、どちらにしても捨てたくなるというわけ。
## 見返したくなる時はいつなのか
そこからいろいろ考えてみた結果、私は「情報を検索することはあれど、思い出を検索することはあまりない」ということが分かった。
### 情報の検索をするとき
- 家事や掃除を最後にいつやったのか
- 過去に書いたメモを探す
大体こんな感じかな。こういう記録は大歓迎で、何度も見返す。過去の私ありがとうって思いながら、情報を検索する。Google検索を行うくらいの感覚で、記録を引っ張り出す。必要だから情報を残しておく。すごくシンプルでわかりやすい理屈だ。
### 思い出は残したいのか?
日記やブログ、ライフログを何度かやったことがあるけど、どれも続かなかかった。もしかすると、私は思い出を残したくないのかもしれない。
でも、こうして無性に感情を吐き出したり、書きとどめたくなる時が1年に何回か来る。去年だって、WordPress記事に書いて何だかんだ反響があった記事もあった。でも、長く残しておきたくないんだよね。
## 思い出を捨てる・残せないしがらみとリセット癖
他人よりも「思い出を捨てたい」と思う、思い出ミニマリスト的な感情がある一方で、残せない自分が嫌になることがある。長続きしないリセット癖があるのが理由だと思う。
SNSのアカウントだって1年もったことがないし、すぐ転生する。過去の記録が残っていると気持ち悪く感じる。そして何より、リセットしてきれいにしたくなる。
あぁ、そうか。リセット癖がひどいのかもしれない。思い出を残しておくことで、自分が過去に囚われるのが嫌なのかもしれない。
リセットすることで、過去に囚われなくなる。過去や思い出に囚われやすい私ができる、一種の防衛本能。そう考えると、ちょっと楽になれた気がする。
この記事も次の日には残っているかどうかわからない。でも、こうして吐き出せたことで一つ分かったこともあるし、その分かった「情報」をもとに前を向いて進むのもいいかもしれないね。
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