生成AIのポン出し成果物を生成&精査する仕事はいやだお……。 ## きっかけ きっかけは上長の一言だった。 「ゆづなさん、⚪︎⚪︎(AIサービスの名前)って知ってる?これで⚪︎⚪︎が生成できるようになるんだって。これを使ってみよう!それで、お客様に『AIでここまでできるんだ!』って驚かせよう!」 私「今になってそれを言いますか?時代遅れですよ(いい案ですね!)」 小心者なので悪態はついていない。 まあ、そんなこんなで某AIサービスであるものを作ることにした。これが結構きつい仕事だった。いわゆる生成AIガチャで、再現性はほとんどない。2024年ごろの画像生成AIって言えばいいのかな。絵柄・彩色・構図……、何もかも一貫性がなく、ひたすら奇跡の一枚を出すまで回すアレだ。 せめてAI成果物を編集できればいいんだけど、私のスキル的にも、生成AIの仕様的にもできない状況である。まじできつい。かろうじて95点くらいの、「ここまでやったら妥協できるやろ」ってやつでも、上司に「ここおかしいよね?100点じゃないから直してよ」と言われる始末。 生成AIに100点を求めないでくれ。そこを直そうとすると別のところで歪みが出るんだよ。そこだけ直せばいいって問題じゃないんだよ……。 そう思いながら、勤務時間ずっと生成AIガチャと精査を続けた。 おかげでとてつもない疲労感と出社への拒絶感が出始めている。これはまずい。 ## 完璧な成果物を出しても、自分には何が残るのか ぱっと見効率的で楽に見える生成AIだけど、実際は泥臭いし意外と手間がかかる。しかも、自分にはほとんど何も残らない。いや、プロンプトの書き方とか指示の仕方とかそういうのは残るんだけどね。そんなものはAIサービスのアップデートで簡単に消し飛ぶ。GPT3.5で遊んでいた私が言うんだ、間違いない。 だからね、個人的には「(少なくとも仕事上では)もう小手先のAIサービスでキャッキャするのはやめて、そのAIを使ってその人のスキルとして残るのか」とか、そういうのを考えた方がいいフェーズに入っているなと感じている。 60点くらいのポン出し成果物で満足する時代は終わっている。100点を出したいなら自分でやるしかないのよ。 ## AIでプロセスを育てるということ 成果というものはいわゆる結果であり、成果物もいわゆるアウトプットのゴールである。さっきの理屈だと、この成果物をAIに作らせない方がいいということになる。じゃあどうするんだ? そこでタイトルに戻る。「AIでプロセスを育てればいいじゃない」。いわゆる、スキルアップのためにAIを使うということだ。成果物を作るための補助輪としてAIを使う。 「これってこういうことなのかな?」 「この考えで抜け落ちている点はある?」 みたいな問いを立ててヒントをもらったり。 自分の作った成果物のフィードバックをもらうのでもいい。 勉強だったら、今日インプットしたことをクイズにしてもらうのもありだ。生成AIがなかった時には挫折したことも、AIがあれば1歩踏み出せるかもしれない。 プロセスって結構軽視されがちだけど、自分や誰かを育てるにはプロセスが重要である。成果や結果を重視されている今だからこそ、プロセスを軽視しがちな今だからこそ、AIを使ってプロセスを育てた方がいいんじゃないかって私は思っている。 そうじゃないと、AIに振り回されるだけだと思うんだ。 ## 生成AIがすごいからこそ、自分のスキルを見直したい 生成AIの進化は凄まじい。2年前にできなかったことが、今ならチョチョイのチョイでできてしまう。その点自分はどうだろうか。多少できることは増えたとはいえ、生成AIに敵わないし、いつまで経っても追いつかないと思う。 だからと言って、生成AIの成果物ガチャするだけのお仕事はしたくないな。せめて、自分の好きなところだけでも、AIと一緒に育てていきたいな。