昔のことを思い出しながらこの記事を読んでいた。 [いわゆる「仕事と私、どっちが大事なの」問題の答えは、何を大事にして死にたいか、でしかないのです。|カタカナ | 企画・編集・執筆・PRのお仕事](https://note.com/katakana%5Fchan/n/nd00e7765d099) > しかし、自分のことが一等大切なのは良いことです。なので私は二人に選択肢を提供しました。 > > 「どっちも自分の主張は譲らなさそうだからさ、一人ずつ、失って取り返しのつかないほうを選べばいいんじゃないかな」 > > 仕事なのか、パートナーなのか。 > > 仕事で得られる充実感なのか、パートナーと過ごす時間なのか。 もっと時間軸を伸ばせば、人生をかけて、仕事・事業でやりたいことを、夢を実現することなのか。パートナーと結婚し、子ども授かったり、共に老いて支え合ったりしながら、人生を共にするのか。 「私はどっちなんだろうな~。やっぱりパートナーなのかな?」と思ったんだけど、もやもやがあって。なんでだろう?って思ったら、「もしかしてヒツジ、仕事の比重が思いのほか大きい?」ってことに気づきまして。 ## 仕事が好きだからこそ、捨てる覚悟が欲しい 私は「仕事はクソ」って言いながらも、なんだかんだ働くのが好きなんだよな。誰かや社会に役立ってる気持ちがあるとすごくうれしくて。お賃金は低いけど、それでも何とか頑張れてる……、はずなんだけど。 でも、その仕事も結婚する時にやめる可能性があるんだよね。居住の関係でやめる必要があったり、生活の変化で今までできていた勤務が不可能になったり。当然私の方が稼げていない・移動する確率が高いのと、夫の方についていく可能性のほうが高いことを考えると、まあそれが合理的というか当たり前というか。 ### 好きだからこそ、覚悟したいのかもしれない そう考えると、私にとって「あなたと結婚したい。あなたがいい」って言葉は「誰かに愛されたい」と同時に「今の生活を捨てる覚悟をしてほしい」って言われたいのかもしれない。 今の仕事や生活を捨てたり、家族と離れたりする覚悟って言えばいいのか?そういう心の準備が欲しいのかもしれない。あと男性側の決断力と覚悟。まあ、後者に関しては割と優柔不断な人がいたってのはでかいかもしれんが。 ## 改めて、仕事と私どっちが大事なの?を考える [〇〇と私どっちが大事なの|相戸ゆづな](https://sizu.me/yuzuna/posts/u1xbb68vvidn) この記事を書いたのが5か月前。もうちょっとしたら半年前になるのか。早いな~。改めて読んでも「こいつめんどくせえな」って思う。 正直私も「仕事のほうが大事」なんだよな。お金大事だし、お金が無かったら何もできないし。まあ、仕事がしんどい時の鼓舞は大体恋愛・結婚だけど。 でも聞かれたら「あなたのほうが大事」って答えそうなんだよなー。大事だからお金稼ぐし、何かあったらあなたの元に駆け付けるよって。まあ相手側は違うと思うけど。 ### 相手にはどう言われたいんだろうね まー、「お前が大事だよ」って言われたいのはわかってる。でも仕事のほうが大事なのは当たり前。それはそう。 それでも納得できないのは、上記のnoteにあったこの文がそうなのかもしれない。 > 仕事を失ったって、別の仕事につくことはできる。 今のパートナーを失ったって、別のパートナーを作ればいい。 どちらも長い人生の中、「取り返しのつかない」ものなどではないのです。だから、今、この瞬間、「取り返しがつかない」と思えるほうを選べばいい。 > > 悲しいかな、「この仕事じゃなきゃだめ」「あなたじゃなきゃだめ」なんてこと、ないのです。 あなたじゃなければだめって意味で「私が大事」って言われたいのかもなあって。まあ、仕事もパートナーも別に他の人でもいいって言われたらそれまでなんだが。 ま、「ゆづなさんじゃなきゃだめ」って言われること、もうないと思うけどな!!!悲しいね。