ネカフェで1~5巻を読んだ。あれは自分の部屋で読むものだね(一敗) 個人的に、双極性障害とパーソナリティ障害のこのエピソードが印象に残った。やっぱり自分とリンクしているものだからか、共感して読んでしまった。 ## 双極性障害 送局性障害のお兄さんの気持ちとかエピソードがあるあるすぎてしんどかった。「大丈夫」と言いながらも、内心の不安やイライラが募って買い物するところとか……。状態のエピソードがもう自分だなって思って、「グワー」って心の中で叫んでしまった。 個人的に一番印象に残っているエピソードが入院中のシーンかな。患者さんは他の病気の人を見て、「自分はこの人たちと違う」とか、「俺はこんなんじゃない」みたいな感じで病気を受け入れてないところがあって。 私もそういう時期があって、あの時は私も占い師になったりとかいろいろもがいていくうちに、段々「あー、もがいても無理なんだなあ」って思った時があってね。現実を受け入れていく感覚?そういうのがあったなあってふと思い出して。 双極性障害のお話はどちらかというと、「昔もこういう時あったな」という過去を振り返る感じだったかな。そういう意味では、双極性障害とはちょっとずつうまく向き合えているのかなぁ……。 ## パーソナリティー障害 いわゆるメンヘラかまってちゃん(雑) 感情の波の激しさとか、自分を理解してくれないことの気持ちにすっごい共感してしまった。自分もそういうとこあるしさ。 けど、そういう彼女の姿を見ていくうちに、自分も誰かから「大丈夫」って声をかけてほしかったなって。心配してほしいとか、気にかけてほしいとか、そういう気持ちはあったなぁって。 私は昔から、そういうのがドライな両親や周りで育ってたので、やっぱそういうのに飢えてたのかなーってちょっとしんみりしてしまった。心配されたい気持ちとか、もうちょっとこっちを見てっていう気持ちが素直に言えなかったのかな。それが今となってね、私のこと見てほしいなっていう気持ちがちょっとずつ芽生えてきて。 安心感というか「ここにいていいよ」っていう気持ちかな?「キミにここにいてほしい」とか「ゆづなと一緒にいてほしい」って言われたい承認欲求が今すっげえ強いなって思うなんだろうなぁ。 別に満たされてないってわけじゃないんだけど、こう改めて言われたいというか。それが当たり前の雰囲気があるのかもしれない。余談だけど、私結構「好き好き」言っちゃうタイプなんだけど、逆に「俺も好きだよ」って言われたかったのかな。そういう意味でも、愛情の確認というか、承認欲求満たしたかったのかなぁ。やっぱり寂しいのかもね。 パーソナリティ障害に関しては、まだ現在進行中かな。そうね、まあちょっといろいろ考えなきゃいけないこともあるし、ちょっとずつでも進めていこうかな。頑張るか。 ## 最後に この漫画、長編が読み応えあるね。なんか1巻の時はそこまでだったんだけど、双極性障害……、自分の身近な病気になったあたりから、すごい読むのが楽しくなってきた。また6巻以降も読みたいな。 いろいろ考えさせられるしさ。