技術同人誌を書いている友人と話をしていて気づいたことがありました。それは、私が「書くのが好き」であるということに対して、友人は「文章を書くのは苦手だけど、完成した文章を眺めるのが好き」という違いでした。
## 私の場合:書くのが好き
私の場合、書きたくなったらとにかく勢いで書いています。とにかく書く。細かい表現や言い回しは気にしない。とにかくフリーライティングに近い手法です。私にとって「書けない」ことが一番しんどく、とにかく書いたら出す。書けたら偉業。気になった部分は未来の自分が直してくれるの感覚でいました。
また、書いた後の文章にとくに思い入れはなく、書いた後に「自分頑張ったなあ」みたいに思うことはありません。そのため、書いた後の文章(ブログ記事や本)を容赦なく捨てる傾向があります。
## 友人の場合:完成した文章を眺めるのが好き
対して友人は「完璧に仕上げた文章を眺めるのが好き」な人でした。細かい表現や構成・言い回しなど、とにかく細部にこだわる。文章を公開するときには完璧な状態でないと気が済まない。友人にとって、「完璧な文章を書けない」ことが一番しんどいそう。
そして、完璧にこだわった文章を何度も見返しては悦に浸るそうです。
## 書くという価値観
この話をして、私たちは「そんな考えがあるんだ!!」って驚いていました。文章を書く行為一つで、こんなに価値観が違うとは思わなかった。冷静に考えると当たり前の話なんですが、改めて人って違うんだなあと感じてしまいました。
## 好きとできるは違う
あと気づいたのが、「好きとできるは違う」ということ。
私は「文章を書くのが好き」であるのに対し、友人は「文章を書くことができる」ということ。なんなら友人は「文章を書くのが苦手」レベルだったりします。
友人にとって、「完成した文章を眺めるのがゴールであり、文章を書くことは手段」でした。別の「好き」を満たすために、作業Aが「できる」ようになる。この違いが結構面白いな~って感じました。この違いをごっちゃにすると誤解を招きそうだし、なんなら自分のしたいことが分からなくなる可能性もありますしね。
## 何かを通じて好きを知る
結局何が言いたいかっていうと「何かを通じて好きを知る」というのは面白いなってお話です。「何か」というのは、「行動」のことだったり、「他人」だったり。とにかく、何かを通したり比べたりすることで、改めて好きを知るんだなあって思った一日でした。
ということで、今回も勢いで文章を書きました。これが私の好きなことです。いかがでしたか?(トレンドブログ感)
私の文章を読んでくれてありがとう。私の好きなことに付き合ってくれてありがとうね。そんな感じで終わります!